小説『遥かなる空への想い』
- 第3章 白きに踊り織り成す子群れの舞 -
今は明け方。おおむね晴れ。
少しだけ下界の様子を見たく、俺はその高度を下げる。
上空の澄んだ青空のもと、背の高い山がいくつも連なり、
まるで互いに競い合うかのようにそびえ立っている。
山の合間から朝日が夜の闇を照らし、静かに顔を出してのぼってゆく。
これに呼応するかのように、山々は今まで身にまとっていた朝霧の衣を脱ぎ始め、
空へ空へと垂直に雲を立ちのぼらせてゆく。
日がある程度のぼったところで、空はその青さを一段と増し、
その空気をより一層軽いものにしていく。
横手には、海辺でよく見るようなわた雲が、小さいながらも一直線に並び、
それはまるで兵隊が整列しているかのようである。
さらに高みには、霧のように濃さを増したすじ雲がただよっていた。
風は、上空高くにありながら心なしか暖かい。
日差しがあることもそうだが、今回は風そのものが暖かく感じる。
地上では夏だろうか。
そのわりには、やや日が弱いような感じもするが・・・。
自然は芸術の天才とも言われるが、
それは、雲の形ひとつひとつを見てもよくわかる。
いずこかより現れては、いずこかへと消えていく・・・
そんな美しくもはかない存在、雲・・・。
時が昼下がりになろうかという頃、すじ雲は、いつしか小さな子供を、
しかもいっぱい生み出していた。
・・いや、子供というべきか?
さしも寿命が短い雲のこと。たとえるならこれは・・・
「すごい・・・ まるで小魚の群れみたいだ・・・!」
俺は、空を飛びながら上のほうを見上げた。
すると、そこには小さな白い雲のかたまりが、きれいにその姿を現していた。
そのさまは、新鮮な魚のうろこのようにも見え、
あるいはヒツジが群れをなして歩いているかのようにも見えた。
巻積雲と呼ばれる雲だった。
うろこ雲は、やがて宙を舞っている俺の眼下にも現れ、
上下あわせて幾重にも重なっていく。
風向きが違うのか、高さが違うのか。あるいはその両方か。
雲の層はそれぞれに違った方角へと動き出し、
みるみるうちにその全体の形を変幻自在に変えていく。
ある雲は、まとまり密集して層状のひとつの雲となり、
またある雲は、さざ波のごとくに変わる。
見ているだけでも息を呑むほど、それはすさまじい勢いで姿を変えてしまった。
やがて夕暮れになり、天空を覆い尽くしたうろこ雲は西日に照らされていく。
その姿のなんと神々しいことか!
この時までまだ残っていたうろこ雲は、上空の強い風に流され、
最後には直線のようにほぼまっすぐに並び、まもなく消え去ってしまった。
たわむれに、俺は左横の空を見やった。
するとなんと、見覚えのある物体が、そこにはあった。
「機械音?! この音は・・・! なぜだ、夢の中のはずなのに・・・。」
1台の飛行機が、高々と空を滑空している音だった。
やはり、現実と夢とは切っても切り離せないのだろうか。
ここは、自身の意識のなかの出来事のはずなのに・・・。
・・・いや、もはやこれがリアルかどうかはどうでもよくなっていた。
飛行機が通った後に、一筋の長い白い帯ができていた。
俗に「飛行機雲」と呼ばれるものだ。
思えば今になってよくよく考えてみれば、これは人間の科学が生んだ芸術。
なんとも不思議なものである。
飛行機雲をその最期まで見取った刹那、
さっきまで吹いていた風が急にピタリとやんだ。
同時に、俺はその背中からじわりじわりと冷や汗をかき始めた。
自分にそのつもりはないのだが、なぜだろう・・・?
未知の世界へのあこがれと、それに対する得体の知れない不安と恐怖。
自然とは、かくも隣り合わせで奇妙な感覚を、
それに触れる者に分け隔てなく与えてくるのだろうか。
本能というべきか・・・
よくはわからないけどなんとなく、この先、嫌な予感がする・・・。
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